藤谷治「下北沢」を読んで
作者の藤谷治さんは昭和38年生まれなので、私の奥さんと同い年で、東京生まれなのも奥さんと同じだ。
この小説は彼が43才の年に出版した娯楽小説。タイトルの通り、下北沢の町が舞台の軽い大人の恋愛小説だ。
僕ら夫婦は横浜に引っ越してくるまでの10年間を下北沢で暮らした。
実は「下北沢」とは駅名でそういう地名は存在しないので、どこからどこまでを下北沢と呼ぶかは人によって様々だ。
私の意識の中では、東北沢駅の近くの自宅から少し歩き、教会の前の坂を下り、茶沢通りを渡ったあたりからが下北沢の中心部だった。
その茶沢通りには小劇場のスズナリやライブハウスのシェルター(入ったことはないが)があり、俄然下北沢らしくなる。
下北沢は音楽、演劇やファッション関係のお店が多い若者の町として知られているが、住んでいる僕らにとっては、食品や日用品を買い、休日には時々お気に入りの店で外食する町だった。
今でも当時行きつけのパスタ屋さん、ビデオ屋さん、コーヒー豆屋さん、駄菓子屋さんは健在のようだ。
この小説では小さな事件が幾つか起きるが、ほとんどが下北沢の町中で生じた事柄であり、懐かしい地名(路地や神社の名前等)がいくつも出てくる。
なんだか下北沢案内のような小説だ。
この小説を読んで懐かしい感じがするのは、実際そこで生活していたからではあるが、駅周辺の再開発によって、町はすっかり変わってしまったと聞くからでもある。
だからこれは、一昔前の下北沢の雰囲気を閉じ込めたタイムカプセルのような小説である。
下北沢をしらない人がこの小説を読んだら、私とは違った印象をもつかも知れない。しかしそれでも、ある種の懐かしさ、言い換えればノスタルジーを感じるのではないかな。
この小説は今は実在しない町の物語かもしれないが、それ故、僕らが本来、町に求めているものを思い起こさせる。
これを梨木香歩流の「ノスタルジックな小説」の分類に入れてはいけないだろうか?
SP:最近、ずいぶん前に解散したロックバンド、ブルーハーツのCDをよく聞いているが、このバンドは僕が下北沢に来た頃に、下北沢で結成されたバンドらしい。
奇遇に驚いている。