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2014年9月13日 (土)

藤木久志「新版雑兵たちの戦場」を読んで

藤木久志さんの戦国3部作の一冊目です。

 

この本は、「武士」という名誉ある階層の人々を中心とした従来の戦国史ではなく、「侍(さむらい)」という、農民上がりの「名誉のない」雑兵たちから見た、歴史に埋もれていた戦争と戦場の実態を、残された文献から掘り起こしたエポックメイキングな書物です。

 

第一章「戦国の戦場」を読んでみましょう。

 

まず最初に、中世~戦国の世にあっては、「武士」とは大名に領土を安堵された者たちであり、一方「侍」とは、戦争に際して武士の下に集まった、平時は農民であるパートタイムの戦闘員であり、戦闘に勝っても報償はなく、もっぱら戦場での略奪行為により利益を得ていた人々であることが示されます。

 

この時点で、戦国時代を描いたほとんどの歴史書、小説、ドラマは、武士の視点で描かれており、侍たちのことは見ていない、あるいは見ないふりをしていることに気が付きます。

 

甲州武田家の軍書「甲陽軍鑑」には、自国が戦場にならなかった武田信玄の領内は、百姓までみな豊かで、戦争だといえば、嫌がって騒ぎ立てるどころか、みな喜んで(戦争に)出ていく、これもみな信玄のご威光、だと書いてあるそうです。

 

これは、百姓(さむらい)が主戦力であったことを示すと同時に、勝ち戦が百姓の稼ぎになったことを示しています。農民たちは食べるため(生活)のために侍になり戦場に向かった、といのが著者の主張です。

 

さむらい達が戦場で得る稼ぎというのは、戦場になった村で作物、馬や物品を奪うだけではなく、非戦闘員(女、子供)を奴隷として連れさることでした。奴隷は当時の日本では一般的だったようです。

 

また信玄のライバルであった上杉謙信側の記録によれば、常陸小田原城が、上杉謙信に攻められ落城すると、城下はたちまち人を売り買いする市場に一変し、謙信自身の指示により、春の2月から3月にかけて、人(戦争奴隷)の売買が行われたとのこと。

 

市場というからには、当時は戦争奴隷を売買する商人たちが多数存在し、奴隷の流通ルートがあったことが分かります。

 

武田や上杉に限らず、当時の軍書には、「濫妨狼藉」が戦争の重要な戦術として記されています。それによれば、敵側の農村を焼き払い、田畑を荒らし、人を連れ去ることが主要な戦法で、その後にやっと城攻めが行われます。濫妨狼藉に夢中で戦闘をないがしろにするため、武士が侍たちに濫妨狼藉を一定期間禁じる命令を出すこともあったとか。

 

これを読むと、当時の農民は、大名が戦いに敗れれば、殺されるか奴隷になるかしかなかった訳で、当然農民側もそれに対していろいろな対抗手段を講じたのですが、それは後の章で述べられます。

 

戦国時代の日本は気候が不順で飢饉が続き、食べられなくなった農民が侍となり戦争に行く、その戦争で負けた側は田畑が荒廃し、労働力もなくなり、さらに食べられなくなる、という負のスパイラルに陥っており、農民にとっては地獄のような悲惨な時代が長く続いたということになります。

 

武田信玄や上杉謙信が地方の英雄であったのは、自国の領土での他国兵による濫妨狼藉を防ぎ、逆に他国へ攻め込んで濫妨狼藉の限りを尽くしたからで、攻められる側の民衆から見れば悪魔のような連中だったのかも。

 

こんな悲惨な時代を終りにしたのは、秀吉の全国統一ですが、戦いを終結させるために、秀吉は余剰になった戦闘員たちを朝鮮侵略へ向かわせ、続いて家康は関ヶ原と大坂の戦いで、大名たちの戦闘能力をさらに削いだ、と考えると、侍=食べられない農民によるパートタイム兵士のシステムを廃止することが、徳川の平和を築くための大問題だったことが窺われます。

 

江戸時代初期の各大名による大規模な築城ラッシュ、鉱山開発ラッシュも侍=食べられない農民対策だったと考えられます。

 

今でも米国では、食べられない人たち=兵士というシステムが機能している、という指摘もあります。このシステムの恐ろしい点は、戦争を始めるのは容易になりますが、兵士が再び食べられない人に戻ってしまうため、戦争を終わらせるのが難しいということでしょう。

 

日本史が世界の教訓になる点がここにありそうです。

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コメント

この本と。これを含む藤木三部作は現代人必読の書ではないかとすら思います。

ピラミッドの時代から、王家(国家)が下々にばら撒く公共事業は失業対策で。
十字軍の昔から。対外戦争とは体の良い人減らし、棄民政策に過ぎなかった。

宗教的情熱?対外的野心?的外れも大概にせい!
全て、内向きなんです。人間は猿です。自分の家族の事だけでアタマ一杯なのだ。
それを思い知らせてくれる、真の歴史書です。

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