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2015年1月12日 (月)

中沢新一「ミクロコスモス Ⅰ 夜の知恵」を読んで

中沢新一の最近の文章を集めたエッセイ集「ミクロコスモス」の一巻目です。最初のエッセイはこの本の副題にもなっている「夜の知恵」です。夜の知恵とは、直接的な表現によって表わされうる「表の知恵」に対して、古代よりフクロウに仮託されてきた、円滑なコミュニケーションを敢えて拒み、直接的な表現を避けた神話的な表現によって初めて表されうる「裏の知恵」のこと。古代ギリシャでは夜の知恵の守護者であるフクロウは、表の真理の守護女神アテナの傍らにつねに控えていました。そのフクロウの知恵がこの本のテーマです。

それは、言葉という記号を用いて世界を抽象化し、人の意識の表層で組織化されたその記号の構造を調べる「表の知恵」に対して、レヴィ=ストロースが行った、意識の底にある「無意識」と意識の表層にある記号との関係を調べる「構造主義」により明らかにされた「裏の知恵」を語ることでもあります。

著者は「孤独な構造主義者の夢想」において、レヴィ=ストロースの構造主義は誤解されてきたと言います。彼の学問はしばしば抽象的、形式的だと非難されてきました。しかし、実際のレヴィ=ストロースは抽象的な学問を嫌い、常に「具体性の科学」を目指しており、そして、我々に対して、前もって理性により加工され記号化された「自然」でなく、人の無意識が太古より捉えてきた生の自然に目を向けるよう促しているのだと。

人の無意識が捉えた生の自然は、無意識界にあるため、言葉により直接示すことができません。そのため、神話による表現(夜の知恵)が必要になってきます。レヴィ=ストロースが探し出そうとしたのは、個々にみればバラバラでつじつまも合っていない、世界中に散らばっている多くの神話達の奥底にある、人類共通の無意識界に潜んでいる「原神話」のようなものなのです。

著者は、「神話にはなにかとてつもなく巨大な宇宙が背後に控えていて、一つ一つの神話はそこから生まれてくる水滴のようなもの」ではないかと言います。

ところで、構造主義ではしばしば二項対立の概念を用いますが、それが形式的だという非難のもとになっているようです。しかし、レヴィ=ストロースによれば、二項対立は、人類が進化の過程において生存のために身につけたもので、そもそも脳の視覚(知覚)は二項対立を用いて外界を認識するようにできているのだと。

たぶん、レヴィ=ストロース流の構造主義は、二項対立の対(例えば、昼と夜、表と裏、善と悪、白と黒、上と下など)どうしが、互いに無意識を通じて繋がっている、つまり隠喩(メタファー)が成立すると同時に、対立する二項は互いを排斥しあうように見えて、実は表裏一体になっており、二項の意味がしばしば逆転しうるという神話の独特な構造に注目しているのでしょう。

こうしてみると、神話を読み解くことは「詩」を読み解くことに似ていますね。

レヴィ=ストロースは神話を読み解く際に、神話を生みだした各文化の自然環境へのさまざまな対応に細心の注意を払うよう求めています。そうすることで、人類が本来もっていた精神と身体の一体性をついには再発見するかもしれない、というのがレヴィ=ストロースの孤独な夢想であったと著者は述べています。

レヴィ=ストロースの思想からは、今日流行の「人間と自然が共生」するというような発想は生まれてきません。彼の思想は人間(文化)と自然(野生)を分断し対立させる思考そのものを拒否しているのですから。そうではなくて、人間はその誕生の瞬間から、人間をとり囲む植物や動物たちへの感覚的、知的探求を通じて、それらが人間の食べ物であるだけではなくて、常に審美的、精神的な喜びの源泉であったことを理解して、自然と、そこに生きる生命をより深く愛するようにと、彼は我々に訴えかけているのです。

レヴィ=ストロースはプラトン以後のヨーロッパ世界では、異質な精神の持ち主であったようです。それが彼が孤独に見える理由でしょう。

エッセイ「哲学の後戸」では、プラトン以後のヨーロッパの精神世界において、「文明」と「野蛮」とその「境界」領域を巡って、どのようなドラマがあったかが語られています。印象的だったのは、ヨーロッパ側から野蛮と決めつけられた側からの反動は、「野蛮」をそのまま文明化しようとする新たな運動を呼び起こすこと、その運動はかならず「文明」と「野蛮」の境界領域で生じる、という指摘です。そしてこの運動は決して無教養な人達によるのではなくて、必ず高度な知識のある人達によって作られるのです。

この指摘は近年のイスラム原理主義の台頭や、最近のフランスでの痛ましい事件を思い起こさせます。文明の側には、無意識のうちにも、自分たちの文明の周辺を野蛮と見下す二分法が出来上がっているのだとしたら、問題の解決はどうしたらよいのでしょうか。これは言論の自由などという問題ではなくて、もっと奥深い問題のように思えます。レヴィ=ストロースが生きていたらなんと言うか、聞いてみたいと思いました。

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