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2015年1月12日 (月)

タブッキ「島とクジラと女をめぐる断片」を読んで

須賀敦子さんが好きだったタブッキの小説、というかちょっと変った短編集。

アントニオ・タブッキは、イタリアはピサ(古い海洋都市)の生まれ。この小説はポルトガルの西方、大西洋の真ん中に点在するソアーレス諸島での、クジラと捕鯨と女性をモチーフにした物語です。

これは小説というより、短編を連ねたオムニバスの映画に似ています。実際、これをもとに映画がつくられたらしい。

以下、最初の部分を映画風に紹介すると・・・

冒頭は大航海時代の旅人が故国の友人に宛てた手紙のナレーション。画面は朝の薄い靄のなかから、ソアーレス諸島の島々が厳かに現れるシーン。そこの住民はみな美しく、神秘的な目の表情をしており、多神教の神々を崇めている。

シーンは一転して、紺碧の海の上を進む小型汽船のデッキに、中年男性の作家と若いブロンドの女性。女はさきほど空港についたばかりで、作家の方は島に長く逗留している。作家は、海を眺めながら、今書いている劇のテーマについて語っている。ある男がある女をすてる話で、その女の方から物事を見る、女が主人公の物語で、男はちっぽけなエゴイストさ。これまでフィクションばかり書いてきたが、今回は人生の現実と対峙する。書くのは裸で生の現実だけ・・・それが時代の好みだ。

それを聴いた若い女が作家に、心配そうにそっと尋ねる。それは、回想なの?
スキャンダルになるかしら? ・・・それから若い女はゆっくりと言う。
自分はその作家の別れた恋人としょっちゅう会って、長い時間をともに過ごしたと。

「あのひとは、不運だけど、こころの寛いひとなのよ。あなたのこと、ずいぶん好きだったと思うの」

船が岸壁に横づけになると、デッキには大勢の旅客が殺到し、作家はタラップへ押し出された。埠頭で待っているよ、と下船しながら作家は叫ぶ。若い女は押し寄せる旅客をわきに避けて、手すりのロープに身をゆだねて、海を見ていた。

この冒頭のエピソードは小説の終わりにある中編「ピム港の女」と対をなしています。それは、作家がとある島のバーで出会った、ギターの弾き語りをする鯨漁師だった老人から聞いた話で、老人が若い頃出会い愛した年上の女と、彼とその女の恋人との話で・・・

冒頭のシーンとこの老人の話の間に、島の難破船の廃材からできた家屋の並ぶ村の話、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴きながら出港する恋人たちが載ったヨットの話、ソアーレス諸島出身のある詩人の生涯、クジラの生態と捕鯨の話、などが挿入されていきます。

最後の著者の「あとがき」は、あるマッコウクジラのつぶやきです。クジラは人間についてこんな風につぶやきます。

《どうしていつも、あんなにせわしないのだろう、長い手足をばたばたさせて。・・・
 彼らの愛の行為は気むずかしくて、あわただしく終わる。細長い彼らの体形のおかげで、結合するときの壮大な困難に遭遇することもなく、遂行するときも、かがやかしい、やさしさに満ちた努力を必要とはしない。・・・やっぱり、彼らは悲しいにちがいない。》

クジラから見ると、僕らはあまりに華奢で荘厳さに欠け、悲しげにみえます。

因みに、この「あとがき」は本文中の、19世紀フランスの偉大な著作家ジュール・ミシュレの「海」からの、クジラの愛の行為に関する、以下の引用文に対比させられています。

《この婚姻を感動的で荘厳なものにするのは、そのために確固とした意思が必要とされるからだ。・・・捕鯨に関わる人たちは、この特異なスペクタクルをときに見るという。まるでノートルダム大聖堂の一対の塔のように、恋するものたちは、腕があまりに短いことに鳴き声をあげながら、抱き合おうとしてもだえる。そして、重い目方すべてをかけて落下する・・・(白)クマも人間も、彼らの吐息にどぎもを抜かれて逃げ去った(p.90)》

ところで、不意に懐かしいジュール・ミシュレの名前に出会い、この「海」も読んでみたいけれど、インターネットで探してもらえるかな、と妻にいうと、ジュール・ベルヌの「海底二万海里」じゃないよね?と切り返えされてしまいました。

それを聞いて、そうか!、久しぶりにノーティラス号とネモ船長の物語を読むのもよいかもしない、と思いましたとさ・・・

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