« タブッキ「島とクジラと女をめぐる断片」を読んで | トップページ | 「縄文人はどこからきたか? 北の縄文連続講座・記録集」を読んで »

2015年3月29日 (日)

イサク・ディーネセン「バベットの晩餐会」を読んで

1987年に米国のアカデミー賞を受けたデンマーク映画「バベットの晩餐会」の原作です。作者は女性で、本名はカレン・ディーネセンですが、英語で作品を発表する際には男性名のイサク・ディーネセンを、デンマーク語で発表する際には女性名のカレン・ブリクセンを名乗ったとか。ブリクセンは元夫のスエーデン貴族の姓でした。

映画「バベットの晩餐会」は小説にほぼ忠実にドラマが進行していきますが、バベットの人物描写については若干の省略があります。

物語は1871年のある嵐の晩に、ノルウェーの寒村に住む、今は亡き高名なルター派の牧師の二人の美しい未婚の姉妹の下に、一人の女料理人がパリから逃れてくるところから始まります。

彼女、つまりバベットは、パリの高名な歌手パパンの紹介状を持って訪れてきたのですが、パパンは以前、彼がこの村を偶然訪れた際に、姉妹の妹の方のフィリッパに一目ぼれして求愛したものの、動揺したフィリッパに拒絶されてしまったのです。パパンはフィリッパに、すでに幸福な結婚生活をされているのだろう、と断りながらも、バベットを助けてくれるよう姉妹に懇願します。バベットはパリ・コミューン樹立後の市街戦で夫と息子を失い、パリから亡命せざるを得ないのだと。

そして十数年が経ち、バベットは姉妹宅の有能な家政婦として、村の生活にもすっかり溶け込んでいたのですが、そんなある日、バベットにパリから、バベットの友人(パパン?)がバベットのために買い続けていた宝くじが当選したことを知らせる手紙が届きます。

この賞金の一万フラン(約1千万円)を使って、その年の12月に予定されていた亡き牧師の生誕百年のお祝いのディナーを作りたいと、バベットは姉妹に願い出ます。こうして、タイトルにもなった、フレンチのフルコースのバベットの晩餐会が始まります。

晩餐会には信者達の他に、ゲストとしてレーベンイェルム将軍がその叔母とともに招かれます。将軍は各国の宮廷にも出入りし、若い頃パリに駐在したこともあると。

実は、将軍は若い頃、放蕩が過ぎて、姉妹の住む村の近くの叔母の館に蟄居させられた過去があったのですが、その時、姉の方のマチーヌと恋に落ちます。しかし、軍人としての将来の栄達を望んでいた彼は、結局マチーヌと別れて、都で貴族の妻を娶ったのでした。

晩餐会への招待を受けた時、将軍は自分の若い頃の選択が正しかったのかどうか、疑問を感じて煩悶します。

この後の場面は、是非小説と映画で堪能して頂きたいのですが、この後の展開で、バベットが実はパリ・コミューン以前にはパリの最高級レストランの伝説的な女性のシェフであったことが明かされます。その料理を再現するために、彼女は12人分の料理に一万フランを使い切るのです。

印象的な場面がいくつもありますが、二つだけ紹介します。

一つはディナーでのレーベンイェルム将軍のスピーチです。彼は姉妹らを前にこんなスピーチをします。

「人は人生において選択せねばばらない時に、失敗をするのではいかと怖れ、選択をしたあとでは、その選択が正しくなかったのではと怖れます。しかし、いずれは神の恵みは果てしないということを悟るのです。神の恵みには条件などありません。神は我々に、我々が選んだものを与えるのと同時に、我々が選ばなかったものをも有り余るほどに与えて下さるのですから・・・」

このスピーチは信者達には意味不明だったようですが、マチーヌには確かに伝わりました。

もう一つは、晩餐会が終わり、客が帰ったあとで、バベットがフィリッパにいう台詞です。

バベットが一万フランを晩餐会のために使い切ったといい、驚いたフィリッパが、私たちのためにそんな大金を使うなんて、というと・・・

「みなさんのためですって!違います。私のためだったのです。私は優れた芸術家なのです。」

そしてパリにはもうかつて彼女の料理を堪能した貴族や将軍達はだれもいない、そんなパリに帰る理由がないと。

フィリッパが、その貴族や将軍らがバベットの夫や息子を殺させたのではないか、と指摘すると、バベットは、確かに彼らは無慈悲で残酷な人達ではあったが、彼女自身の芸術性を証明するために莫大な費用をかけて育てられた人たちで、いわば彼らはバベットのためにいたのだと。

この台詞は実は映画では省略されています。僕はこの台詞に、ヨーロッパ貴族の価値観が表れているようで、好きなところです(共感とは違いますが)。

最後になりますが、この物語はバベットという異能の旅人が、外部から閉じた共同体の中に突然入ってきて、村人らに奇跡を与えるという、神話でいう貴種漂流譚の一種なのでしょう。映画では省略されていますが、小説でのバベットは肌の色があさ黒い黒人を連想させる人物として描かれています。バベットは現代の物語のトリックスターの一典型なのです。

« タブッキ「島とクジラと女をめぐる断片」を読んで | トップページ | 「縄文人はどこからきたか? 北の縄文連続講座・記録集」を読んで »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: イサク・ディーネセン「バベットの晩餐会」を読んで:

« タブッキ「島とクジラと女をめぐる断片」を読んで | トップページ | 「縄文人はどこからきたか? 北の縄文連続講座・記録集」を読んで »